07/17(土) 翠川・太田・黒田(ブラームス・プロジェクト)@ inF

07/17(土)翠川・太田・黒田(ブラームス・プロジェクト)@大泉学園 inF へ行ってきました。セットは以下、

1st Set:
1. ヘンデルソナタ」チェロバージョン
2. ステファン・グラッペリ「フィリンゲンの思い出」 〜 ドルドア「思い出」
3. フォーレ「夢のあとに」
4. シューベルト「ピアノトリオ第1番 変ロ長調 作品99 第2楽章」

2nd Set:
5. ブラームス「ピアノトリオ 第1番 ロ長調 作品8」

Encore:
6. ピアソラオブリビオン


遂にブラームス・プロジェクトのその日が来ました!既に公然化しつつ、月例ライブを行なってきた秘密のプロジェクト、ブラームス・プロジェクト、今年の1月より6回の練習日&ライブを行い、今回が実際にブラームスの「ピアノトリオ 第1番 ロ長調 作品8」を演奏するのです。この日、2004年7月17日は、大泉学園 inFの「オープン9周年」でもあります。日本の先鋭的なジャズ/インプロ・シーンを支え、育て、ミュージシャン、観客に素晴らしき「出会いの場」を提供してきた inF、9周年を迎え、新たに10周年に向かって更なる発展を個人的には切に願うところで、こちらの素晴らしき「音楽」「料理」「酒」には個人的に非常にお世話になっておりまして、今後とも機会を見つけてマメに足を運んでいきたいところです。ライブの冒頭には、店主の佐藤さんから、本プロジェクトのきっかけ、想い、何故ブラームスなのかが語られました。流石、元バリバリのベーシストで、深く斯界を熟知していらっしゃる佐藤さん、目の付け所が斬新でありながら的を得てますね。そんな佐藤さんに選ばれたメンバーは、翠川敬基(vc), 太田惠資(vn), 黒田京子(p) のトリオ、この3人が クラシック曲の中でも美しく難しいことで知られるブラームスの「ピアノトリオ 第1番 ロ長調 作品8」をこの inF の空間で演奏する訳で、佐藤さんが意図していらっしゃった「クラシックをもっと身近に楽しんで欲しい」が実践される形になります。音楽の神 MUSE に深く(偏って?)愛されたこの3人が奏でるブラームスのピアノトリオ第1番、これを聴かずにどうする!と言った感じでしょうか。まずは、黒田さんと翠川さんのデュオにて、ヘンデルソナタ、チェロバージョンを演奏します、ゴールを目の前にしたお二人の凄まじき集中力から来るものか、行き成り1曲目から美しき音の数々が、耳を介さずにダイレクトに心に突き刺さってきます。このような素晴らしい演奏が、2m程前で実際にされているのです!もう、聴いているこちら側もテンション上がりまくりですね。続く2曲目は、黒田さんと太田さんのデュオにてステファン・グラッペリが生涯に一度、1テイクだけ残したという「フィリンゲンの思い出」ともう1曲ドルドアの「思い出」をメドレーで演奏されるとのこと、太田さんの思い入れタップリの演奏から曲に導入します。そんな溢れ出る太田さんの想いが乗ったフレーズに優しく手を添え、寄り添うようにフォローする黒田さんの伴奏、2人のデュオは何処までもリリカルに、愁いを帯びた哀しみを湛えつつ演奏されます。ちょっとしたアクシデントもあったようですが、しっかりと想いが乗った素晴らしきデュオでした。ここでトリオに戻り、フォーレの「夢のあと」、翠川さんの美しき冒頭のテーマ演奏が冴え渡り、太田さんと黒田さんを誘うように呼び込みます。曲は「夢のあと」ですが、想いは「夢のまえ」、この辺りから、「本編」への期待も加速度的に高まります。続いてはシューベルトの「ピアノトリオ第1番」の第2楽章、これが予想以上に素晴らしかったです。「本編」への気持ちの高まりが有りつつ、「本編」では無い為、程好く肩の力が抜けていて、3人の「歌」が交錯し、楽しげに音同士が絡む様子も見て取れました。そんな意味では、この1部のプログラムのような、小作品を集めてこのトリオで演奏して下さる機会も、また是非とも作って欲しいと感じましたね。そして、2部はいよいよ「本編」、ブラームスの「ピアノトリオ 第1番 ロ長調 作品8」です。個人的にこの曲は、Artur Rubinstein(pf), Henryk Szeryng(vn), Pierre Fournier(vc) のトリオでの、'72年の録音が好きなのです。このトリオの身上は、何と言っても Rubinstein の洗練され、凛とした姿勢を反映したピアノがトリオ全体で織成す音像の中心的な柱となり、かつ全体を覆うベールのような肌触りを持って聴く者を魅了し、ブラームスの曲想を忠実に真摯に再現しようとする姿勢だと個人的には思っています。一方、ブラ・プロは、佐藤さんの意図により、敢えて即興演奏家の第一線級以上のこの3人を据えて、言わば、通常の”神”と共にあろうと目指す者が、狭き門をくぐり艱難辛苦を乗り越えて”神”と対峙するところを、裏側からハシゴを使って”神”と対峙してしまおうという”反則技”を使用して、この in F の空間にブラームスの曲想を描こうと意図されているようにも思えます。演奏は、やはりこの3人でしか描き得ない”ブラームス”になっていました。黒田さんの織成す音は、何処までも真摯で繊細、それでいながらダイナミズムを失うことが無く、いつものクレッシェンド時の思い切りのよさも十二分に見て取れました。翠川さんは、3人の中で、最も落ち着いていらっしゃったように感じました。いつものように、豊かな音色を用いた深い表現力で、中低域をしっかりと美しく支えていらっしゃったように感じました。演奏前には借りてきた猫のようになっていらっしゃった太田さんが、いざ演奏が始まると真剣な面持ちながら、ダイナミックに音像に起伏を描いてらしたように見て取れました。やはり、3人共本職でない為、ミスタッチや音のブレ等はそこ彼処にあったようですが、そんなことが全く些細なことと思えるほどに、この3人ならではの限り無く美しい”ブラームス”が描かれていたように思います。こんな素晴らしい音と共に居る時間を過ごせ、この素晴らしい3人の演奏の場に立ち会えたことが無上の喜びで有り、幸せでした。アンコールでは、翠川さんが自嘲気味に「今日のことは忘れて下さいと言うことで、ピアソラの忘却を演奏します」と、ピアソラオブリビオン(忘却)」を演奏し、ライブの幕を閉じます。終演後には黒田さんからブラ・プロ皆勤賞の表彰とその他、本日いらっしゃった全てのお客さんにプレゼントを感謝の言葉と共に配っていらっしゃいました。本来なら、この素晴らしい音楽空間を享受させていただいた我々観客から、御三方に差し上げなければいけないところを、感謝が尽きないと共に、素晴らしいミュージシャンの気遣いと思い遣りに「このような心根の素晴らしさがあるから、かくのごとく感動的な音を織成せるのだろう」と更に感動を深めさせて頂きました。こんな素晴らしい企画を立てて下さった佐藤さん、そして素晴らしき3人のミュージシャンとその関係者に限り無い感謝を捧げたいと思います。ありがとうございました。


n.p. Glenn GouldBrahms Ballades, Op.10」