08/01(火) 小森・吉野デュオ@代々木ナル

08/01(火) 小森・吉野デュオ@代々木ナル に行って来ました。セットは以下、

1st Set:
01. Serenade to a Cuckoo ( By Rahsaan Roland Kirk、小森 bcl、約11分)
02. Pastral (小森慶子作曲、小森 cl、約6分)
03. It's Tune (富樫雅彦作曲、小森 ss、約12分)
04. 即興 (小森 cl、約9分)
05. (NU69-Q) M(23-6K) ( By Anthony Braxton、小森 ss、約7分)

約55分

2nd Set:
06. Castelo Delmondo (小森慶子作曲、小森 cl、約9分)
07. Lent 〜 (小森慶子作曲、小森 bcl、約10分)
08. 〜 cb solo 〜 臥遊 (小森慶子作曲、小森 cl、約10分)
09. Hooveling ( By Dave Holland、小森 bcl、約6分)
10. Hind-2 (翠川敬基作曲、Theme By Paul Hindemith、小森 bcl、約9分)
11. Self-Portrait in Three Colors ( By Charles Mingus、小森 cl、約13分)

約60分

小森・吉野デュオ:
小森慶子(ss,cl,bcl)
吉野弘志(cb)


元々は、約半年ぶりの黒田・小森デュオが予定されており、勿論前回に引続き予約していたのですが、黒田京子さんが体調不良とのことで、吉野弘志さんが代わりに演奏されることとなり、結果的には図らずも初の組合せとなる小森・吉野デュオが実現する形となりました。出演を予定されていた黒田京子さんのご回復を心よりお祈り申し上げます。

冒頭にて、その旨小森さんよりお知らせがあり、1曲目に持ってきたのはなんと Roland Kirk の「Serenade to a Cuckoo」、小森さんらしい選曲と言えばまさにそうですが、小森さんが実際に演奏される形では、初めて聴かせていただきました。そんな小森さんが、Rahsaan がこの曲に織り込んだ情緒を表現する為に選んだのはバスクラリネット。元より御二人の実力は深く理解していますが、流石に急遽決まった形のリハも不十分であろう1曲目、流石に少々の粗や手探り状態を予想していたのですが、そんな不遜な予測は全く持って大きく裏切られました。素晴らしい、もう10年以上も一緒にやっているのではと錯覚してしまうほどに解け合う御二人のサウンド、相互の絶妙なる補完のタイミング、まさに阿吽の呼吸を感じさせる演奏に驚かされました。体調不良の中、この代役をアレンジされた黒田さんの見事なる采配と言わざるを得ないでしょう、素晴らしい。

2曲目は小森さんのオリジナル曲「Pastral」、クラリネットを使用し、Mel Collins を彷彿とさせる演奏で、枯れている様でいて優しく、冷めているようで温かみのある、心に深く刻み込まれるような音色、フレージングで演奏されていて、そのサウンドに寄り添うように「この柔らかなフレージングは反則!」とも思える程に柔らかく、全てを任せてしまう欲求に捕らわれる程の温かみのあるアルコを吉野さんが奏でて下さいます。目を開けると止め処なく流れる涙を抑えることが出来ず、目を閉じ、俯きがちに成ってしまう程に心震わさせていただきました。

3曲目はこれまた驚きの富樫雅彦さんの曲「It's Tune」、富樫さんともしっかり共演経験を持っていらっしゃる吉野さんを意識しての小森さんの選曲でしょうか、小森さんの富樫さんの曲の演奏を聴くのは、4月の翠川さんとのデュオ以来2度目です。ソプラノサックスにて、スタッカートを効かせ、富樫さんを意識してパーカッシヴに変奏テーマを奏でる形で導入、このアプローチを嬉しそうに満面に笑みを浮かべ、敢えて対位するようにフレージングをとる吉野さん、2つの旋律楽器のみとは思えない絶妙の音響空間を構築。その後の展開やお二人の掛け合いも素晴らしかったですね。

4曲目は即興、小森さんはクラリネットを使用、テーマも決めも全くない形とは思えないほどの確信と美しく解け合うお二人のサウンドにて導入。展開も見事なまでの構築美を感じさせる絶妙なサウンドがたおやかに、それでいて力強く、この一瞬が永遠に続くのではと錯覚させる悠久さも含みつつ奏でられていく。永遠のようでかつ一瞬のような不思議な時間感覚に捕らわれ、ふっと目が覚めるように演奏を閉じる。

第一部最後5曲目は、待ってましたの Anthony Braxton の曲。吉野さんであれば、初見でもこの曲が弾くことが出来るであろうことから予想していましたが、何と吉野さんには既知の曲で何度か演奏されていたとのことでした。曲名は相変わらずヒアリングし難いのですが、今回は「(NU69-Q) M(23-6K)」と聞こえました。小森さんはソプラノサックス。吉野さん、完璧に弾き切るだけでは済ませず、またきっつい切り返しで小森さんを煽ります。小森さんも負けじと返し、吉野さんまたもや嬉しそうに受けて、展開させます。この超難曲で、御二人、すっかり楽しそうに遊んでまして、見守る我々観客は口ポカーン状態で呆気に取れる中、第一部をさっと閉じ、我に返って、慌てて拍手を送る観客一同の図でした。

第二部は小森さんのオリジナル曲「Castelo Delmondo」から、イタリアをイメージして書かれてますが、中でも小森さんが架空のお城、Castelo Delmondo をイメージ上で生み出し、そこを舞台に紡がれる音の物語がこの「Castelo Delmondo」という形となっているこの曲にて、また小森さんの絶品のクラリネットが冴え渡り、淡いセピア色を帯びたような哀愁の小森さんのクラによるメインメロ、それと色合いを合わせるようにまたまた柔らかく、リリカルなクラを支えるかのような吉野さんのアルコ伴奏、そして御二人の情感が零れ落ちんばかりのユニゾンサウンド全体としてまるで映像が浮かび上がるかのような映像美を有する見事なまでの音の物語が美しく物悲しく紡ぎ奏でられます。

続いて2曲目3曲目は続けて演奏しますとのこと、奏でられた荘厳なる吉野さんのアルコに、緩やかに身を預ける様に小森さんのバスクラリネットが乗り、変奏されていくのは、小森さんのオリジナル曲「Lent」、ここでの吉野さん、アルコで弾きつつ上下にボウをスライドさせ、重層的なレイヤを築き上げます。作り上げられた荘厳かつ圧倒的なサウンドには畏敬すら覚えさせます。そんな荘厳なサウンドを更に重く神々しく小森さんのバスクラが彩っていきます。ふっと小森さんがサウンドから身を引き、そのまま吉野さんのコントラバスソロとなり、ここではダイナミクスを持たせたソロで場面の転換を観客に提示するかのようでした。頃合を見て小森さんがクリネットを携え、臥遊のテーマを遠くから俯瞰するように弱音にて奏で始めます。吉野さんがテーマを膨らまし、そうかと思うとランニングベースに切り替え、その意図を見事に読んで小森さんがテーマから外れ、また少し音を強めて徐々にテーマに近づく様を演出していきます。そしていつの間にやら、聴いている我々も御二人の奏でるサウンドによる絵の世界に入り込んでいることに気がつく頃合いに入ると、突然お二人がダイナミックなタッチで大胆に筆を走らせ、我々観客は御二人の描く山水画の中で嵐に見舞われたかの如く抗う術もなく翻弄され、ふと気がつくと山水画の外に出てきて眺めている自分に気がつきます。緩やかに距離を取って徐々にその山水画の全体像を捉える頃、静かにフェイドアウトして演奏を閉じます。素晴らしい御二人のお手並み、感服いたしました。

4曲目は Dave Holland の4小節の変奏曲「Hooveling」、御二人の描く「Hooveling」は、思ったよりかなりアグレッシヴ、小森さんのバスクラリネットは持っているレンジをフルに使い切るようにダイナミックに高低連続パッセージで暴れ回り、吉野さんは的確なランニングベースでどっしりと支えるかと思うと、突然アルコで煽ったりと予想もつかない音像を演出する。御二人の駆け引き絡めての展開も終始予想がつかず、鮮烈なイメージを与えつつ演奏を閉じる。

5曲目は翠川敬基さんが黒田京子トリオのレパートリーにと考えて書かれた「Hind-2」、しかしご存知のように同系の Paul Hindemith のテーマを引用した「hindehinde」は CD にも収録され、黒田京子トリオのレパートリーとして欠かすことの出来ない重要な曲と成っていますが、この「Hind-2」は CD 収録はおろか、黒田京子トリオとしてはライヴで一度もされたことがない幻の曲であったりするのです。小森さんはバスクラリネットにて、翠川さんとのデュオに引続き2度目の演奏、小森さんと吉野さんの息の合い方は留まるところを知らず「Hind-2」にても縦横無尽にテーマを展開させて下さいます。

第二部6曲目、本日のライヴの最後を飾るのは Charles Mingus の「Self-Portrait in Three Colors」、小森さんはクラリネットにて、美しく、ただただ美しい御二人の音のたゆたい、全てはあの瞬間に豊饒なる音楽としてのみ存在していました。溜息を漏らすことすら忘れ、その芸術作品の幕が閉じるのを見つめていた自分がそこにいました。素晴らしい選曲、素晴らしい演奏、そして全てを内包して昇華してゆく素晴らしいエンディング。


本当に素晴らしいライヴでした、個々の楽曲がそれぞれ深いテーマを持った絵画のようで、かつ全体として貫かれた美学が明確に存在する。印象としては、小森慶子さんによる「展覧会の絵」 with 吉野弘志さんといったライヴでしょうか。今後とも、益々この音楽表現ベクトルにて磨いていただきたいところです。そして、終演後、心に沸き起こった想いは、完全復調後の黒田京子さん、小森慶子さん、吉野弘志さんによるトリオなんて実現したら、とんでもなく素晴らしい音楽が創造されるのでは?ということです。本日は演奏されなかったですが、小森さんと黒田さんの共作による大曲「天国のきざはし[階]」、あの素晴らしい楽曲が吉野さんを含むトリオ編成で演奏されたらと想いを巡らせると、そのとんでもなく素晴らしいであろう音楽を想像するだけで心が沸き立ちます。

最後に、演奏された御二人、ナルの関係者様、そして、体調不良の中、本日のアレンジをして下さった黒田京子さんに限りない感謝を捧げると共に、心より黒田京子さんの完全復調をお祈り申し上げます。


n.p. 黒田京子トリオ「Do you like B ?」